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前回のリハビリの考えでは
ICFの概念を踏まえて
真の生きることの全体像と題して
ヒトとしてトータルに評価をしながら
援助してく必要があるということを
お話ししました。
詳しくは
コチラ


つまり
セラピストは手で感じる身体の異常や
目で確認できる身体の異常のみの治療ではなく
身体が不自由になった方が
イキイキと社会参加できたり生活の質が維持向上
できるようにするためにチームで働きながら
どのような手段を利用することで
セラピストと身体が不自由になった方が共に
同じ方向に向かって歩んでいけるのかを考えていく必要があります


今回はそんな同じ方向を向かっていくために
セラピストが評価・治療するためのポイント
綴ってみたいと思います★










まず評価というのは
そこには○○が出来ないなどといったマイナス面の
評価だけで済ませるのではなく
どのようなことであれば出来るのかを考えていく
必要があります。


マイナス面ばかりを治療で言われても
身体が不自由な方にとっては非常に辛いことです((+_+))
当然私たちでも同様ですよね。
出来ない計算問題をひたすら解きなさいと指導されても
辛いだけであり投げ出したくなってしまいます。

身体が不自由な方も同様です。

良いところを探してあげましょう(^○^)!!!


しかし、いざ実践しようと思っても
良い所って意外と見つけにくいことが分かると思います。

私も常日頃から非常に悩んでいるところでもあります。

でも必ずあるんです(*^。^*)!!!


良いところというのも、身体面だけではなく
カラダとココロそして、その方としての社会的背景など
個人因子や環境因子なども考慮して考えていきます。


よく後輩に「この方の良い所ってどこだろうね~」と
聞いたりします。


すると、
後輩は答えられない場合もありますが一般的に
「感覚検査では問題はありませんでした」
「麻痺のステージは比較的軽かったです」
「痛みの訴えは少ないです」
「平行棒内で装具使えば歩けそうです」

という返答が良く返ってきます。


かなり抽象的な表現ではないでしょうか(+o+)?

表現を変えて考えてみると
彼女・彼氏の良いところは?と聞かれて
「料理が上手なところです」
「スポーツができるところです」
「よく食べるからです」

というような表現と似ていませんか?


このような表現で、相手のことを十分に知ることが
出来るでしょうか(+o+)?


「料理が上手なところ」と言われても、
和洋中など、どの料理が上手なのか分かりませんし
料理の味付けが上手なのか、盛り付けが上手なのか
手際の良さなのかなど…まぁキリがないですが
「料理が上手なところです」と言われても
更に詳しい説明が必要になりませんか?


話を戻し普段の臨床における後輩とのやり取りでも
後輩が答えた内容をさらに深めていけるように
先輩が援助していく必要があります。


抽象的な表現でも、
まず小さなことでも見つけられることが大切


それが出来たなら
さらに詳しく良い所を自分で知るためには
どのような手段で探していくのか(評価していくのか)
ということを考える作業過程が重要になってきますよね。

自分で知っていくためには
相手のことをもっと知らなければいけません!(^^)!。


そのためには、沢山対話をしたり評価をしたりしながら
相手との距離を縮めていくことが大切になります。
それは訓練室のみではなく、回復期病院では特にですが
病棟での生活状況を知ることも大切ですし、
他の治療の際にどのような姿勢や態度で臨んでいるのかなどを
把握することも重要ですね。
色々なコミュニケーション手段があると考えています☆


そして評価には目的が重要となってきます。


「教科書に載っていたのでこれをしようと思います」
ではなくて
その方のどのような情報を知るために、どのような評価が
必要なのかということを考えて行う必要があります。
訓練室だけでは絶対にその方の全体像を把握することは難しいと
私は感じています。


ただやみくみに評価されていては
身体が不自由な方にとっては
非常に辛く疲労がたまったり、ストレスになりかねません(>o<)。

またセラピストも
沢山評価結果が出てきても繋がりが分からなかったり
結局問題点を整理することができないことに
なりかねません。

身体が不自由な方にとっては
身体が少しでも良くなるようにと
セラピストに身体を託しているんですから
セラピストもそれに応えられるように思考して
またそれを吟味して評価していく必要があると思います。


○○には△△という評価もありますが、
何度もお話しているように
身体が不自由な方それぞれに合わせて
評価を組み立てながら治療へと展開していく
ことが大切になりますね。

その方だからという『オンリーワンの評価と治療

そのためには、相手を知ること、興味を持つことから始め
お互いが共有した目標に向かって
日々の臨床を組み立てていくべきですね★☆★


コメント

こんばんわー。患者側のsakaiです。
西川さんの記事、共感する事が多いです。

患者、例えば片麻痺=不幸、悲劇、かわいそう
って誰が決めたんでしょうね⁉

少なくとも、私は以前と変わらず、むしろ以前より気楽、楽しく、能天気に暮らしています。
それは私がもともと専業主婦で、収入の心配がとりあえずないからかもしれませんが••

セラピストさんの考え方次第で
患者側も変わる気がしています。生意気にすみませんm(._.)m

貴重なコメントありがとうございます!!
そして、共感していただきまして非常にうれしく思います。

そうなんです!世間では、まだそのように思われていたり、感じている方はまだまだおられるようですね。

「みんな同じヒトであり、それぞれが役割や目的を持ちながらイキイキと輝ける生活を送っている、または送ろうと一歩ずつ前に進んでいる」ということを伝えていけたら良いかと感じております。

病院の中では、医師やセラピストの意見に左右されやすいですが、それでは共に目的に向かって歩むことは難しいように感じています。

小さなことでも傾聴し、それを治療に活かしていけるセラピーを目指していければと思います。
またそんな臨床現場が増えるように、これからも発信していきたいと思います。

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